こんにちは、たかみーです!
今回は島根県出雲市にある「出雲大社」を紹介しようと思います!
出雲大社は一般的には「いずもたいしゃ」と呼ばれて親しまれていますが、ふりがなを振っているように正式には「いずもおおやしろ」と読むので、ぜひ覚えておいてください。
また、実は出雲大社という名称は意外にも最近つけられた社名で、1871年(明治4年)までは「杵築大社」と呼ばれていたそうなので、豆知識としてこちらもぜひ覚えておいてください!
出雲大社と言えば「大国主命」が御祭神で、縁結びにご利益があることで有名な縁結びの聖地ですよね。
出雲観光協会の出雲市観光基本計画によると、近年の出雲市の年間観光客数は800〜1,200万人ほどを推移していて平均訪問箇所は1.3箇所前後のようなのですが、その訪問箇所の79.5%が出雲大社とのことなので出雲へ訪れた人の大半が出雲大社に訪れているみたいです。
それだけ出雲市=出雲大社のイメージが強いということですよね。
また、出雲大社は毎年旧暦の10月にあたる時期に日本全国の八百万の神々が集い、さまざまな縁結び会議をする「神在祭」が行われることでも有名です。
ちなみに日本全国の神々が集まると言われていますが、「天照大御神」をはじめとした一部の神様は参加しないと言われています。
なぜかというと、神様にも分類があり、集まるのは大国主命と同じ分類の神様だけだからなんです。
神様の世界には天上の世界「高天原」と地上の世界「葦原中国」があり、天照大御神や「伊邪那岐命」、「伊邪那美命」などの神様は「天津神」と呼ばれる高天原に住む神様なのですが、一方で大国主命をはじめとした神在祭で出雲大社に集まる神様は「国津神」と呼ばれる葦原中国に住む神様なので、そのため国津神と住む世界が違う天津神は神在祭に参加しないとされています。

古事記や日本書紀にも記されているほど歴史の長い出雲大社ですが、やはり日本神話で創建について語られているほどなので、エピソードが壮大というだけでなく神社の規模も大きいです。
上の画像は出雲大社の境内図になりますが、とても広いですよね。
敷地面積は約18万平方メートル(5万6000坪)になるそうです。
まず300台以上も停められる駐車場が2つもあるというのがすごい笑
ちなみに本殿の後ろにある八雲山は神職も入れない禁足地らしいです。

こちらは境外全域図になりますが、境外の摂社や末社、山林なども合わせると約38万1000平方メートル(11万7000坪)にも及ぶんだとか…!
出雲大社の左側にある国譲り神話の舞台「稲佐の浜」だけでなく、出雲大社の後ろの山々を挟んだ向こう側の日本海に面した「伊奈西波岐神社」も出雲大社の摂社のようなので、出雲市の広い範囲に出雲大社に関係する場所が点在しているんですね。
ということで、ここから境内・境外それぞれで僕が訪れた場所をピックアップして紹介したいと思います。

まず出雲大社の境内について書く前に稲佐の浜に触れたいと思います。
出雲に訪れた人の大半が出雲大社を参拝していると上述しましたが、出雲大社を参拝する際にぜひ国譲り神話の舞台「稲佐の浜」に行かれてみてください。
この稲佐の浜は神在祭の際に神々が降り立つ神聖な場所とされていて、神在祭の前夜に神々をお迎えする「神迎神事」が行われます。
そのため国譲り神話の舞台であり、神在祭の際に神々が降り立つ神聖な場所でもあるため、稲佐の浜を訪れてから出雲大社に参拝することが正しい順番とされています。
また、古くからこの稲佐の浜の砂を採取して、出雲大社の本殿裏の「素鵞社」にある清めた砂と交換してお守りとして持ち帰る風習があるそうなので、それに倣うという意味でも稲佐の浜から巡ることがオススメされています。

そして稲佐の浜に行くと一際目立つのが波打ち際にある大きな岩なのですが、こちらは「弁天島」になります。
以前はもっと沖の方にあったみたいで、「沖ノ御前」や「沖ノ島」と呼ばれていたそうです。

この弁天島には「沖御前神社」という小さな神社があるのですが、こちらには「豊玉姫命」が祀られています。
神仏習合の時代には弁財天が祀られていたそうですが、明治時代から豊玉姫命に変わったそうです。
僕が訪れたときはリサーチ不足で知らなかったので写真はないのですが、砂浜を歩いて奥の方まで進むと大国主命と「建御雷之男神」が国譲りの交渉を行った場所と言われている「屏風岩」(別名:国譲り岩)があるそうなので、稲佐の浜に訪れる際にはぜひそちらへも行かれてみてください。
【稲佐の浜】
■HP・SNS等
出雲観光ガイド / しまね観光ナビ
■アクセス
住所:〒699-0702 島根県出雲市大社町杵築北2844-73
電車:一畑電車大社線「出雲大社前駅」から徒歩15分
ちなみに神在祭について少し触れてきましたが、出雲では神在祭が行われる時期を神在月と呼んでいます。
「和風月名」で10月を「神無月」と言いますが、出雲大社に神様(国津神)が出掛けていて全国から神様がいなくなるから神無月、その反対で出雲では神様が集まるから神在月と言われています。
ただ、神無月の由来に関しては諸説あるそうなので、神様がいないから神無月というのは確かではないみたいです。(神在月は神様がいないから神無月という説が出てきてから言われ始めたものになります)

稲佐の浜に行かれてから出雲大社を参拝される方も出雲大社に直行される方も、恐らく多くの人が正面から境内に入られるかと思いますが、こちらの鳥居が正門となる「勢溜」になります。
上の写真は初めて出雲大社へ訪れた際の朝7時に撮ったものなのですが、早朝に行くと朝日に照らされてめっちゃ綺麗ですし、人も少ないのでオススメです!

境内から朝日も入れて撮影してみると、逆光がまた良い味出していて神々しい雰囲気を感じることができます。
ちなみにこの勢溜は正門にあるので一の鳥居に見えますが、実は二の鳥居になります。
一の鳥居はもっと手前にあります。

勢溜の前には「神門通り」という75店舗もの商店が立ち並ぶ商店街がありますが、上の写真の奥の方を見ていただくとわかるように商店街の向こう側に大鳥居があります。
それが出雲大社の一の鳥居になりまして、「宇迦橋」という橋に立っている宇迦橋大鳥居になります。

その宇迦橋大鳥居ですが、このように高さ23m、幅14mもある非常に大きな鳥居となっています。
上の写真は2021年2月に撮影したのですが、ちょうど宇迦橋を老朽化に伴う架け替え工事しているときだったので橋はない状態になっています。
その後2025年12月21日に工事が終わって開通したそうなので、現在はまた宇迦橋を通ってこの大鳥居をくぐることができます。
ちなみに神門通りとなっているこの宇迦橋大鳥居から勢溜までの表参道の距離は約700mあります。

ということで、今度は出雲大社の境内についてです。
先ほど紹介した勢溜の鳥居をくぐると、このような下坂の長い参道が真っ直ぐ伸びています。
写真を撮り忘れていたのですが、勢溜をくぐって参道を進むと途中で右手に「祓社」というお社があります。
こちらには「祓戸四柱の神」と呼ばれる「瀬織津比咩神」「速開都比咩神」「気吹戸主神」「速佐須良比咩神」が祀られています。
「祓」という文字がついてる通り、心身を祓って清める場になるので、まずはこちらを参拝して清めてから奥へ進んでください!

参道をしばらく進むと「素鵞川」という川が参道を横切るように流れており、その川にかかっている「祓橋」を渡ると左手の川沿いに白兎の石像があります。
出雲大社の御祭神の大国主命と言えば「因幡の白兎」の物語で有名なので、出雲大社の境内には至るところに白兎の石像があるのですが、こちらの石像は日本酒を作っている兎になります。
なんか可愛らしいですよね笑
「日本酒発祥の地」と書いてありますが、僕はこれを見て初めて出雲から日本酒が始まったのを知りました。
出雲國風土記によると、大国主命と一緒に国造りをした「少彦名命」がお米でお酒を作った最初の神様なんだとか。

そしてさらに参道を進むと、左手に手水舎があります。
神社によっては龍や縁のある動物の象から水が出ることがあるので、出雲大社は兎から出ると思いきや意外とシンプルです。

手水舎の近くには因幡の白兎の物語に登場する大国主命と白兎の銅像があります。
ちなみに因幡の白兎はざっくり以下のような物語になります。
【因幡の白兎】
隠岐島に住む1匹の白兎は、因幡国(現在の鳥取市あたり)にいる「八上姫」に会いたいと思っていました。ただ、隠岐島と因幡国の間には海があり、自力で渡ることができませんでした。
そこでワニ(サメ)を騙して渡ることを考えて、ウサギの数とワニの数のどちらが多いか比べようと提案してワニたちを隠岐島から反対側の岸まで並ばせ、数えるふりをしてワニたちの背中をぴょんぴょん飛びながら向こう岸まで渡りました。しかし、渡れた嬉しさから口が滑って騙したことを言ってしまい、それに怒ったワニたちが白兎の皮を剥いでしまいました。
皮を剥がされてしまった痛さで白兎は海岸で泣いていると、そこに因幡国の八上姫に求婚する目的で向かっている大国主命の兄神たちが通りかかりましたが、意地悪な兄神たちは海水で体を洗って風で乾かせば治ると間違った方法を教えました。それを白兎は信じてしまい、さらに状態が酷くなってしまいました。
その後しばらくすると今度は兄神たちの荷物を全て持たされた大国主命が通りかかりました。大国主命は事の経緯を聞き、川の真水で体を洗って蒲の穂をつけると良くなることを教えると白兎の状態が良くなっていきました。
すると白兎は大国主命に対して八上姫は兄神たちではなく大国主命を選ぶだろうと告げ、大国主命や兄神たちより先に因幡国に到着し、八上姫にそれまであったことを説明しました。それを聞いた八上姫は到着した兄神たちの求婚を断り、最後にやってきた大国主命を選び2人は結婚しました。
このように白兎が大国主命と八上姫の縁を取り持ったことが、出雲大社が縁結びにご利益があると言われている所以になります。


手水舎の向かい側にはまた別の銅像があります。
こちらは「ムスビの御神像」という銅像で、大国主命が「幸魂」と「奇魂」を拝戴(謹んで頂戴すること)して、「ムスビの大神(縁結びの神様)」になるところを象徴しているそうです。
「幸魂や奇魂って何?」という方もいるかと思うので簡単に説明しますと、神道や日本古来の考え方に、人の心は天と繋がる1つの霊と異なる特徴をもつ4つの魂からなるという「一霊四魂」と言われる概念があり、「幸魂」と「奇魂」はその魂の種類になります。
4つの魂には「荒魂」「和魂」「幸魂」「奇魂」があるのですが、まず大きく分けて「荒魂」と「和魂」があり、さらに「和魂」が「幸魂」と「奇魂」に派生しています。
そして1つの霊は「直霊」といい、その4つの魂をまとめていてコントロールしています。
以下にそれぞれの特徴をまとめるので、よかったら参考にされてみてください。
・直霊:4つの魂をコントロールしている。四魂のバランスを取ることで物事の善悪を判断し、人が過ちを犯さないよう導き、もし誤ったとしても反省して今後の行いを改めさせる働きをもつ。
・荒魂:荒々しく勢いのある側面の魂。勇猛に前へ進んでいく特徴がある。
・和魂:穏やかで平和的な側面の魂。調和を重んじ親しみ交わる特徴がある。
∟幸魂:優しさがあり、人を愛し育て、幸せに導いていく特徴がある。
∟奇魂:智を司り、奇跡的な作用により物事を成就させる特徴がある。
伊勢神宮には天照大御神の荒魂を祀っている別宮(正宮に次ぐお宮)があり、神社によってそのように本殿とは別に四魂を祀るお社があるので、ぜひこちらの特徴を覚えてみてください!

手水舎や「ムスビの御神像」のある箇所を過ぎると、四の鳥居の「銅鳥居」があります。
ここをくぐると、ついに本殿などがある神域に入ります。

銅鳥居をくぐるとまず目の前に拝殿があります。
こちらの拝殿ではご祈祷や出雲大社で最も重要な神事「古伝新嘗祭」などのお祭りの他、さまざまな奉納行事が行われます。
本殿の前でも参拝できますが、まずはこの拝殿で参拝して挨拶されてください。
そしてこちらの拝殿で注目していただきたいのが、「注連縄」になります!
一般的に神様に向かって右側が上位、左側が下位になるので、しめ縄もそれに合わせて上位の右側が綯い始め(太い方)で、下位の左側が綯い終り(細い方)になるのですが、出雲大社では古来から左側を上位、右側を下位とする反対の習わしがあるため、しめ縄も左側が綯い始め、右側が綯い終りになっています。
ぜひ注連縄に近づいて確認してみてください!
ちなみに神社を参拝する時の作法は一般的には「二礼二拍手一礼」ですが、ここ出雲大社では「二礼四拍手一礼」と、柏手が4回になります。
なぜ四拍手なのかというと、5月14日に行われる最も大きな祭典の例祭(勅祭)において、無限を表す「8」にちなんで神様に対し限りない拍手をもってお讃えするという意味で八拍手をするみたいですが、八拍手は例祭限定なので、日常的には半分の四拍手を作法と定めているそうです。

拝殿で参拝されたらぐるっと拝殿を回り込んで、後ろにある本殿前の八足門で参拝されてください。
お賽銭箱もあり、御祭神の大国主命に最も近づいて参拝できる場所になります。
通常は八足門の内側には入ることができないのですが、正月三が日や特別の日に限って門が開かれて、八足門と本殿の間にある楼門の前まで立ち入ることができます。
僕もまだ中まで入ったことがないので、いつかそのタイミングに参拝してみたいですね…!
そしてこちらは本殿の正面にはなるのですが、実は御祭神の大国主命は西側を向いて鎮座されています。
一般的に神社(本殿)は東か南を向いていて神様が鎮座する御神座も同じ方向を向いていますが、出雲大社の場合は本殿と同じ南向きではなく西向きになっているんです。
本殿西側にちゃんと正対できる遥拝所があるので、後ほどそちらも紹介します!

八足門で参拝されたら本殿を囲っている瑞垣を反時計周りでぐるっと周って、周辺の摂社や末社にも参拝されてください。
HPには反時計回りで周るようにと書かれているもののはっきりと理由までは書かれてはいないですが、注連縄の習わしでも触れたように出雲大社では左側が上位、右側が下位になっていますし、御祭神の大国主命が西向き(左側)を向いて鎮座されているので、下位の方から回るということなのだと思います。

そして反時計回りに周る際にまず最初にあるのが「十九社」になります。
十九社は東西にあるので本殿を挟んで反対側にもあるのですが、反時計回りに周り始めてまず参拝する十九社は「東十九社」いなります。
この十九社は、神在祭の際に全国各地から集う神々の宿所となる社になります。
そのため御祭神は八百万の神になります。
通常は全国各地の神々の遙拝所で扉も閉まっているのですが、神在祭の間は扉が開いています。

反時計回りに摂社・末社を参拝しながら本殿の裏側まで周ってくると、稲佐の浜のところで少し触れました「素鵞社」があります。
御祭神は字からも想像がつく通り、「素戔嗚尊」になります。
こちらの社殿の床縁下に清められた砂があるので、ぜひ稲佐の浜で採取した砂と交換してお守りとして頂いて帰られてみてください。
袋に入れてお守りとして持ち歩いたり、自宅の庭に撒いたりすると神様のご加護を頂けて、魔除けや家内安全などのご利益があると言われています。


そして素鵞社の反対側を向いてみると、本殿を裏から見ることができます。
本殿は長い長い歴史の中で何度も造営や修造が繰り返されてきましたが、現在の本殿は1744年(延享元年)に造営され、1952年に国宝に指定されました。
出雲大社の本殿は「大社造」と言われる日本最古の神社建築様式で建てられているそうです。

ちなみに晴れた日の早朝に参拝する時に本殿裏に行くと、このように朝日が木々の隙間から差し込んで、神々しい雰囲気を感じることができます!
人が少なく空気も澄んでいていめっちゃ気持ちいいので、早朝の参拝は本当にオススメです!


本殿の西側に周ってくると八足門のところで触れました、大国主命と正対して参拝できる遥拝所があります。
拝殿や八足門でも参拝はしますが、ぜひこちらの遥拝所で改めてご挨拶されてみてください!
ちなみに西向きになっている理由は、「日が沈む西の方向にはあの世があるから」「国譲りの神話の舞台となった稲佐の浜が出雲大社の西にあるから」「神在月に全国の神々が西にある稲佐の浜からやってくるから」と諸説あるそうですが、ハッキリとした理由はいまだにわかっていないみたいです。
そしてこちらの遥拝所を過ぎると最後に「西十九社」があるので、「東十九社」と同じように参拝されてみてください。
これで本殿周りの参拝が一通り終了になります。

参拝を終えた後に御朱印やお守りを頂いたり、おみくじを引いたりする方も多いと思いますが、御朱印の受付につきましては拝殿の裏側にあります。
出雲大社の御朱印は上の写真のようにシンプルです。
御朱印の初穂料(料金)はお気持ちになるので決まっていないですが、一般的に300〜500円するので最低でも300円納めるといいかと思います。

お守りやおみくじは八足門の左側に御守所で頂けます。
僕はそちらでお守りを頂いていないので写真がないのですが、今度行く機会があった際に写真を撮って載せるようにしますね。
そしておみくじですが、出雲大社のおみくじには運勢が書いていないという特徴があります。
おそらく運勢よりもメッセージをしっかり受け取ってほしいという意図があるのかなと思います。
ちなみに僕は過去参拝した2回ともおみくじを引いてますが、どちらもたぶん大吉だろうなという内容でした!

一通り本殿のあるエリアを周ったら、今度は恐らく出雲大社の写真で最も使われる場所であろう、本殿の左側にある神楽殿にもぜひ立ち寄ってみてください。
ここには大迫力の大注連縄があります!
たぶん写真を見たことある方も多いんじゃないですかね?

拝殿の注連縄は長さ6.5m、重さ1tとのことですが、神楽殿の大注連縄はさらに大きく長さ13.6m、重さ5.2tもあるそうです…!
拝殿の注連縄でもかなり大きいですが、次元が違う笑
写真だと伝わりにくいので、ぜひ現地で実物を見ていただきたいですね!
ちなみにこちらの大注連縄も左側が綯い始め、右側が綯い終りになっています。

近づいてみるとより大きさがわかるのですが、それと同時に作りがとても綺麗なのにも驚かされます。
こんなにもたくさんの藁を使って太く綯っているのに、綺麗に整えられているんですよね。
こちらの大注連縄は数年に一度の頻度で作り替えられているみたいですが、どうやって作っているのか一度見てみたいですね。
ということで、こちらの神楽殿を見たら一通りメインの場所は周り終えたのですが、ぜひもう一箇所立ち寄ってみてほしい場所があります。

それが出雲大社の本殿の右側にある「北島国造館」になります。
国造:古代日本の地方行政において各地を治めていた官職のことで、「くにのみやつこ」や「こくぞう」、「こくそう」といくつか読み方があります。
一見するとこちらは出雲大社の一角のように思えるのですが、実は出雲大社とは全く別物になります。
厳密に言うと血筋は同じなのですが、出雲大社を管理しているのは出雲大社教の「千家家」で、北島国造館を管理しているのは出雲教の「北島家」になります。
もともとは同じ出雲大社を管理する家系だったみたいですが、後継者争いをきっかけに分裂してしまったみたいです。
第53代国造・出雲孝時の後を継いだ三男である第54代国造・出雲清孝が若くして病死してしまったため、病弱な清孝をずっとサポートしていた五男の孝宗に職を譲ったが、当初後を継ぐ予定だった六男の貞孝が「話が違うぞ」と怒って大揉めしたんだとか。
最終的に周りが仲裁に入ったおかげで職を半々に分けることで落ち着き、孝宗が千家家、貞孝が北島家と名乗って2つに分かれながら職務を分担していたそうです。
そして明治時代になると、出雲大社が行政(内務省神社局)の傘下に入ったことを機に、千家家は出雲大社教として出雲大社の宮司を担い、北島家は新たに出雲教という宗教法人を設立したとのことです。
そのためもとは同じ家系なので、こちらの御祭神も大国主命になります。

そんな北島国造館ですが、社殿の隣に芝生が綺麗な庭園があります。
晴れた日に訪れると本当気持ちいい場所です!
庭園の奥には池もあるのですが、こちらにはたくさんの鯉が泳いでいます。
エサもあげられるみたいなので、ぜひ試してみてください笑
僕が訪れた際には別の参拝客がエサをあげていたのですが、鯉たちが我先にと争奪戦が繰り広げられていました笑
鯉たちもわかっているみたいで、エサをあげ終わってひと段落しても他の人がまた近づくと寄ってきてましたね笑

鯉の他にも亀も数匹いて、鯉と一緒になて泳いでいたり、石の上で日向ぼっこしてたりしています。
亀も鯉にエサをあげていると寄ってきてましたね笑


そしてこの池の後ろには小さなお社があります。
こちらは「天神社」というお社で、大国主命と一緒に国造りをした「少彦名命」が祀られています。
天神社の後ろには小さな滝もあります。
大きな滝は轟音が響いて迫力があり自然の雄大さを感じられますが、こういう小さな滝も川のせせらぎみたいに心地良くずっと見ていることができます。

そして北国国造館にも神札やお守りなどの授与品があるのですが、その中でも密かに話題になっている白いお守りがあります。
このお守りや清らかな白無垢を思わせる様子から縁結びにご利益があると話題になっているそうです!
縁結びのご利益を受けたい方は、行かれた際にぜひチェックしてみてください!
やっぱり出雲大社の方に注目してしまいますが、時代の流れとともに分かれてしまっただけで、もとは同じで御祭神も出雲大社と同じ大国主命なので、時間のある方はぜひ北島国造館も寄ってみてください!
ということで、こちらで出雲大社や関連する場所の紹介は以上になります。
出雲大社に行かれる際にこちらの記事が参考になれば嬉しいです。
僕もまた行く機会があればもっと細かいところをチェックしようと思うので、情報の更新があれば随時こちらの記事を更新していこうと思います!
【出雲大社】
■HP・SNS等
HP / 北島国造館
■営業時間
参拝:6時〜19時
ご祈祷:9時〜16時
社務所:6時30分〜19時
■アクセス
住所:〒699-0701 島根県出雲市大社町杵築東195
電車:一畑電車大社線「出雲大社前駅」から徒歩5分

